INTERVIEW インタビュー

 

――東地さんが最初に『凪のあすから』の企画をお聞きなった時、まずはどんな印象を持たれましたか?

自分には荷が重すぎると思いました(苦笑)。『TARI TARI』を制作している頃、辻(充仁/アニメーションプロデューサー)さんから声を掛けていただいたのですが、その時「陸と海中で人が生活しているふたつの世界の交流や恋愛を描く作品」であり、「海の中だけど情緒ある画を描いてほしい」と言われたんです。でも僕の中で、ワカメがプカプカ浮いている海中の画に情緒は感じないし、想像ができなかったんです。それで一度返事を保留させてもらいました。

――その後、参加されることになりますが、きっかけは何だったのでしょうか?

「シリーズ構成の岡田(麿里)さんは、東地さんの背景ありきでシナリオを書いてます」とか「篠原監督も東地さんの背景があってやる気になっている」「自分も新しい東地さんを見たい!」と口説かれました(笑)。それと今の歳で新しいものにチャレンジできれば、10年後よい経験になっているだろうと思い、お受けしました。

――返事を保留するくらいですから、最初はやはり悩まれましたか?

もちろん。そもそも海の中の生活というのが上手く想像できませんでした。でも篠原監督や岡田さん、辻さんたちといろいろお話をさせていただいた結果、海村は地上世界と同じような世界にしようということになったんです。

――当初は別のアイディアも東地さんからご提案されたそうですね。

はい、まずは完全なSFな世界ですね。ドーム型の空間があって、海の民は何百年か前に作られたロストテクノロジーの中で生き延びている。それなら、陸と海を繋げるエレベーターも描けるし、格好いい画としての見せ場はいくらでも作れると。もうひとつは、地上と海を鏡面世界にできないかという提案もさせていただきました。陸から海に飛び込んだら、世界がひっくり返る。例えば蛇口から水が出るように、海中の蛇口からは空気が出てきて水のように見えるとか。そういう逆の解釈の世界ですね。でも篠原監督はSFではなく、普通に生活している空間にしたいとおっしゃったんです。

――海の中ですが、地上と同じ生活空間を描いて欲しいと。

そうですね。ただ、それを自分の中で納得させるまでには時間が必要でした。解決すべき僕の疑問をひとつひとつ篠原監督に確認して、監督の希望を僕なりに改変していきました。

――紆余曲折を経て今の世界観になったわけですが、皆さんが作り上げた『凪のあすから』のファンタジーな世界が、実際に視聴者に受け入れられるかどうか、第1話のオンエアが、非常に気になったことと思います。

かなりドキドキしましたね。シナリオの段階からいろいろ提案もさせていただいていましたし、「この美術でいきます、大丈夫です」と言ってしまった責任もある(笑)……正直、まだ不安はあります。ただ個人的に思うことは『凪のあすから』は若い人、特に中高生にこそ観てもらいたい。いち背景マンが言うのもおこがましいんですが、感受性が豊かな時代に、鳥肌を立てて欲しいんです。自分も中学2年生の時『王立宇宙軍 オネアミスの翼』にとても感化され、その体験がなかったら今絵を描いていないと言えるほど影響を受けました。あの作品が蒔いた種というのは、めちゃくちゃたくさんある。自分もその種のひとつです。そういう要素が『凪のあすから』にもあってほしいと思って中身を詰め込んでいますし、長い目で見ていい作品になるよう、最終話まで全力で挑まねばならないという覚悟が『凪のあすから』にはあります。

――世界観で言うと2クール目からはまたガラリと変わりますが、一作品の中でここまで違うのも珍しいのではないでしょうか。

そうですね。特にぬくみ雪が降り積もる第14話以降は、同じ背景でも前半とはかなり大きく変化します。でもそこでファンタジーたる舞台設定がいかされるかなと。またとにかく、シナリオが素晴らしいんですよね。その凄いシナリオに、きちんと画をはめなければいけないプレッシャーというのはあります。もし、画がシナリオの足を引っ張ってしまったらどうしようという不安と、いつも戦ってますね。

――ところで、東地さんは、子供の頃お好きだったファンタジー物語や童話、絵本などはありましたか?

昔からリアル指向だったので童話にあまり興味はありませんでしたが、あえて言うなら、兄が好きで見ていたアニメの『銀河鉄道999』や『宇宙戦艦ヤマト』には影響を受けている可能性があります。今思えばSFではあるけども、トンデモ理論じゃないですか。でもそういう割り切りは作品において大事だなと思うんです。今の時代は、描かれたボタンひとつも、なんのためにあるのか説明しなきゃいけないアニメーションが増えている。その反動で、奇想天外一色のアニメも増えてはいるんでしょうが、少なくともP.A.WORKSの作品は、細かい説明があってしかるべきアニメーションだと思うんですよ。でも、そこから離れたいという想いもある。なのである意味、『凪のあすから』は割り切りのよさを目標にしているところがあって……企画会議でも言ったんですが、『〜999』で列車の窓を開けても、空気がプシューっと出ていく描写はない。でも、誰もそこにはつっこまないと。だから『凪のあすから』も、それくらい自然に海の中にキャラクターがいなくちゃいけないんだと主張させていただきました。

――なるほど。ではもうひとつ、本作では海の風景を存分にお描きになっていますが、東地さんご自身は海と山なら、どちらがお好きですか?

正直言うと、山(笑)。生まれ育ったのが海のそばなので、海も嫌いではないですが、出掛けるなら山がいいですね。ただ、『凪のあすから』で取材に行ってからは、漁村もいいなと思いました。昔は活気があった漁村も今は若い人が出ていって、漁獲高が減って港の冷蔵倉庫も放棄されてしまう。まさに“黄昏の世界”なんですよ。そんな漁村の景色は、『凪のあすから』にも強く影響しています。

――まだ制作途中なので言い切るのは難しいかと思いますが、東地さんにとって『凪のあすから』はどんな作品になりましたか?

新たなスタート地点です。それだけはハッキリ言えますね。『花咲くいろは』は背景職人としての技術の集大成。『凪のあすから』は集大成をやり終えて、もう一度スタートラインに立ったような作品なんです。なので、ひょっとしたら躓くことがあるかも知れないし、悩むことがあるかも知れない。『花咲くいろは』は過去のものとし、最大のライバルだと見なして『凪のあすから』に取り組んでいる僕の精神が、何よりそれを証明していると思います。