INTERVIEW インタビュー

——まずはこの作品の企画立ち上げの経緯についてお聞きかせください。


『凪のあすから』のプロデュースを担当されている永谷(敬之)さんから突然、「辻君どう?」と裏の喫煙所で声を掛けていただいたのが始まりです(笑)。今までP.A.WORKSの作品は堀川(憲司/P.A.WORKS代表取締役)の、「こういうアニメを作りたい」という想いからスタートすることがほとんどでしたが、今回は「若いスタッフがやりたいものを」とチャンスをいただきました。

篠原
俺は若くないけど(笑)。


(汗)。またアスキー・メディアワークスさんも一緒に組んでいただけることになり、2010年の夏頃からアスキー・メディアワークスさん、永谷さん、P.A.WORKSで話し合いが始まりました。いろいろ話を詰めていく中で、監督を篠原さん、脚本を岡田(麿里)さんにお願いしたいということが決まり、そこから本格的に動き始めたという感じです。それが2011年の10月頃だったと思います。


——永谷さんから声を掛けられた時、辻さんの中では“こんな作品を作りたい”という企画はあったのでしょうか?


具体的にこういう作品というのはなかったのですが、『true tears』以降、恋愛をメインのテーマにしたP.A.WORKS作品がなかったので、そこにはもう一度挑戦したいと思っていました。

篠原
オーダーとしてSFかファンタジーの要素を入れることと、女の子を主人公にすることは決まっていたかな。


そうですね。これまでP.A.WORKSの作品は日常をテーマにしたものが多かったのですが、せっかくだから新しいジャンルを開拓したいというのはありました。また『月刊コミック電撃大王』(アスキー・メディアワークス)さんで連載というお話もいただいていたので、ファンタジーならば企画としてイケるんじゃないかと。


——篠原監督が“恋愛”と“ファンタジー”というキーワードをお聞きになった時どう思われましたか?

篠原
自分では派手な作品よりも、細かい感情を積み重ねていくような作品が性に合っていると感じていて、恋愛がテーマであればそれが描けるかなと。またファンタジーは元々好きなジャンルなので、恋愛と組み合わせれば面白い作品になりそうだと思いました。


——篠原監督が『凪のあすから』でまず決められたことは何でしょうか?

篠原
最初の打ち合わせの時、岡田さんとアスキー・メディアワークスの梅澤さんと雑談している中で“海の中に住んでいる人の話”ということはすんなり決まりました。その時は漠然と、同じP.A.WORKSさんの『花咲くいろは』の第18話での菜子の海中イメージシーンや、工藤直子さんの『ともだちはうみのにおい』的なものを思い浮かべてました。ただその後が大変で、どうしてもリアルな海に対するイメージが簡単に払拭できなかったんです。呼吸はどうする? 浮力は? 視界が開けていない、木々がない、海草、岩、フナ虫、そういう世界をバックに何が描けるのか? というところにがんじがらめになってしまい、本当に難航しました。企画が停滞してしまった時期もあったんですよ。


それこそ3ヶ月くらい…世界観設定をどうするか、どうしたら海の中に人が住んでいる描写を自然に見せられるのか? と話し合っていましたよね。

篠原
そうそう。一時期は“人が海の中で暮らせる状況をどうやったら科学的に証明できるか!?”というところまで踏み込んで、SF寄りの設定を考えていたこともあったんです。居住区がドーム状の生物状の保護膜に覆われていて人が膜を通過する際にその膜が付着するみたいな。ただその方向だと設定の比重が大きくなりすぎて、我々が目指そうとしていた物語とは離れてしまう。


今の形になるまで考えが1周しましたよね。科学的な要素を入れていくことで物語が硬くなってしまい、当初目指していた柔らかい恋愛ファンタジーではなくなってしまう。もちろんまったく科学的な要素がないわけではなく、オート三輪や黒電話などが登場します。時代は現代なのですが、陸で暮らす人たちも元々は海の中に住んでいたので若干テクノロジーの進みが遅れているという設定なんです。どこか懐かしい雰囲気なのはそのためですね。

篠原
結局海の中に暮らすための科学的なことは全部捨てることにして、一番シンプルな“童話的な世界観に思春期の恋愛を落とし込む”と。それが決まってから、脚本が一気に走り出した感じです。


“エナ”(*1)という設定が出てくるまでも長かったですよね。最初は首の裏にエラがあって、エラ呼吸をしているという設定もあったんですよ。

篠原
あったあった。僕はかなり本気だったんだけど制作の若い子たちに「それは好きになれません」「キャラクターに対して思い入れできない」って、ものすごく評判が悪くて(苦笑)。でも若い子たちの意見って重要で、仕事とは別にファンの方と同じ目線でもある。そういう点では随分力を貸してもらったと言うか、未だにいろいろと相談しています。


——エラ呼吸というのは、今の可愛らしいキャラクターイラストからは想像できないですね。


でもそこまで目立つものではなくて、髪に隠れるくらいのさりげない感じでした。それにキャラクターの可愛らしさは目指していたことのひとつで、自分の中では“柔らかさを感じられるキャラクター”を描きたいという想いもあったんです。もちろん主人公たちが中学2年生という設定なので、幼さの部分を演出するという狙いもあります。それを描ける方として、早くからブリキさんのお名前はあがっていました。


——実際にブリキさんのキャラクター原案を見られていかがでしたか?


もう、素直に「あ、可愛いな」と。目指していたもの以上のキャラクターをあげていただきました。

篠原
自分は結構いい歳なので「俺がこのキャラクターをうまく扱えるんだろうかっ!?」って(笑)。恥ずかしくなってしまうくらい可愛いですね。


——ちなみに“エナ”を登場させたきっかけは何だったのでしょうか?

篠原
エナって実在するものなんですよ。『凪のあすから』の前に『RDG レッドデータガール』という作品をP.A.WORKSさんでやらせてもらったのですが、その時資料として読んでいた中沢新一さんの『精霊の王』という本の中に、胎児を包む胞衣(えな)に関する記述があったんです。それが『凪のあすから』に使えるのではと閃いて、岡田さんにお伝えしました。母親の体内で胎児を包む羊膜が“胞衣(えな)”と呼ばれているのですが、稀にその胞衣が綺麗な状態で生まれてくる赤ちゃんがいるんです。18、19世紀のイギリスの新聞には「状態のいい胞衣を売ります」という広告があり、特に船乗りに珍重されていたらしいんです。人間は母親の胎内の中では羊水の「海」に浸されていますが、そこから“胞衣の加護があれば嵐(水害)にあっても助かる”ということに結びつき、高額で取引されていた。それを知って、胞衣が水から人を守るというのはこの作品にとてもマッチしているなって。『RDG レッドデータガール』をやっていなかったら、エナは出てこなかったかもしれません。



(*1)エナ…海で暮らす人の身体全体を包む薄い膜状の皮膚。エナが海で暮らす人々の海中生活を可能にしている。長時間大気にさらされると壊死を起こし、ひどくなると致命傷となる。